群青

四月末、わたしは。

夏には日本を去って、見知らぬ土地で暮らしてゆく高校生たちの瞳の中に、君たちがこれからでかけてゆく「交換」留学という名のプログラムの、「交換」という言葉にはどんな意味があるのだろう、と問いかけていた。
動揺し、でも頭を熱くさせすこし高揚した調子でことばを紡ぐ彼らからは、しずかに、しずかに波紋が広がるのがみえる。
冒頭の問いの「交換」に、わたしなりの答えを与えるとしたら。
今まで自分のなかに根付いてきた、意識との交換だと答えるだろう。

自分のなかで膨れあがる先入観や、経験を伴わない知識を、手のひらでそっと粉々に砕き、あたらしく誰かからもらった欠片をはめ込んであげるように。

関わった相手のなかにも、自分の欠片を残して、そうして、すこしづつ生まれ変わりながら日々、わたしって生きているんじゃないか、とおもうのだ、今のところは。
そう、脱皮はできないけれど身体の細胞は、生まれ変わっているように。

それは、留学に限った話ではなく、旅をして見知らぬ土地の風景や匂いのなかで得るものでもあるだろうし、日本の、東京という街で根をはって、日々出会ってゆく人との関わりのなかでも起こっていることだとおもう。

日本人でも他の国のひとでもやっぱりそれは同じことで。
慣れないことばには灯がともらず、こころも、からだも疲弊してしまっていた時期があって。くるくるとよく笑い、お腹はすいてないの、おばあちゃんが今夜も魚を煮込んであなたのことを待っているよ、と温かな食卓に迎えいれてくれた友人の、母国としての中国を愛してしまったこと、いまでもときどき夢にあの日の食卓がでてくること、だから彼の国が声高に非難される声を聞くとなぜだか自分のことのようにくるしくなる。つい、むきになり反論してしまったあとの沈黙に胸が、掴まれるようにくるしくなって、しゃがみこみたくなってしまうこともある。

異文化理解であるとか、他者理解であるとか難しい言葉に彩られた交じわりの前に。
人一倍要領が悪いし、地に足がついていないようだし、生きているのか死んでいるのかもわからないしと安否を心配され、いつも、壁にぶちあたってるようだけどなんだか、あの子をみていたら力をもらえるよね、なんて。ひとりの「日本人」である前に、学生である前に、ひとりの人間として、欠片として、記憶に残るような存在でありたい。
誰かの、力になってきたというよりも助けられてきた、人生だったようにおもう。分岐点を思い返すたびに後悔し、他人の所為にしてみたりそのたびに、幾らでも話を聞いてくれる恩師や、友人がいたり、目指していたくなるような人が前を走っているのだ。

夕方、後輩に言葉を投げかける一方、どこかでは自分が救われていることに気づいていた。
自分が進んでゆくことに、周りを置き去りにしてでも主張を通したり、学び手に入れることに必死だったけれど、やっとすこし、後ろにさがり俯瞰できるようになってきたので。
忘れた頃に流れていた涙が、やっとぽろぽろと零せるようになってきたので。

これからは、周りのひとを引き上げられるひとになれたら、がんばって、と前や後ろから声をかけるのではなく、肩に手を載せて一緒に歩いていけるようになれたらいい、笑いたいときは声をあげてわらって、美しいものは指で指し示して、わたしの知っていることは教えてあげられたらいいし、これからも、あなたがたから学び続けてゆきたい。知らないことはおそろしくて、けれど手をのばせることが、一秒、生を割くたびに、変化してゆけるようで嬉しい。

 

ああ、なにになりたいかって、善きものに、なりたい。

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