きんいろの雨

 

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わたし自身と、わたしを取り巻く人々のことについて語るのは、どちらかといえば得意で。

社会のことについて語るのは、どちらかといえば苦手だ。

 

 

雨が、降りそれを恵みと喜ぶ人々が居れば、かなしむひとがいるように。

実際にはもっと複雑に様々な人々の思惑が絡まりあい、

それぞれが、自らの立場からよかれと思って事を進め、何が正義とも言いきれず、かといって悪役にもなりきれないまま日々を暮らしている。

そのような人間の在りかたがなんだかんだわたしはすきであるしすべての、人々を掬いあげることばを発することなど不可能であるので、話題にすることを避けてきただけなのかもしれない。

 

 

 

オリンピックが、東京に決まった。

 

 

 

運動は苦手だが、観ることはすきだ。

わたしとは、別の力を持って生まれてきた人々。

ひとつのものを目指し自らを研ぎすまし続けるその姿には憧れるし、尊敬している。

 

 

普段であればすぐ通学路へとはじけるように駆けだしてゆき思い思いに、友人宅や自分の家を目指しているところであるのに。

 

朝から、どことなく落ち着かずお互いの顔に秘められた期待を探りながら、迫りくるサッカーの試合について予想を言いあって。そのまま、教育実習の先生や友人達と学校に残り備えつけのちいさなテレビを囲み、日本人選手たちがどこかの国の人々と汗を流し戦っている様をみつめ、日がすっかり暮れるまで応援した、そのような一日が、一週間があった記憶がある。

あれはたしか、小学生のときだった。

 

試合の結果や、そのとき手を取りあった友人の顔や、実習生の名、日々が朧に流れさってしまった今もあの、非日常の手触りと熱狂ともいえる感情のことだけは憶えている。

 

 

高校生のときはカナダで。

カヌーの選手と会い、首にかかる金メダルを触らせてもらったときには興奮でゆびが震えた。

目をあげて、選手と視線を交わすのも躊躇われるくらい彼が、ひかりを纏っているようなきがした。

 

 

たしかに、スポーツには心を躍らせるある種の力がある。

だから、一日本人として、生きているうちにオリンピックが日本へ、自分の住む町へやってくることはうれしい。

けれど朝、首相のスピーチや結果をみたときから、ざわざわするものが心にはあった。

賛成と反対の声が行き来するTwitterをぼんやりと眺めているうち、

ざわざわとする感情に、寄り添うような呟きにわたしは突き当たった。

 

写真

 

彼/彼女が語るのは荒唐無稽な夢だと、ひとはわらうかもしれない。

日本には、やはり様々な人々が居て、いつも復興だけを考えているわけにはゆかないのかもしれない。

もしも数年経って、日本が手遅れになってしまうなら、アジアにでもヨーロッパにでも、それこそ地球の反対側にでも、とおく移住してしまおうかと考えるような、恩知らずなわたしがいえることなどそもそも、なにもないのかもしれない。

 

ただ、復興に対する希望をもオリンピックのテーマとして掲げるなら。

福島だけ切り離して、東京は安全ですからなどと背を向けずに。

これくらい無謀な夢を掲げ、事態の収束に向け、行動を取っていってもよかったのではないかとおもうのだ。

12年後でも、40年後でも、100年後でもこれが実現するのなら、ざわざわとどこかが鳴ることもなく、手放しでオリンピックを喜べたような気がするのだ。

 

その方向には向かわなかった日本を、すこしだけ、かなしいとおもう夜。

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