覚書

お別れに御礼、あるいは謝罪の言葉を、満足に告げる暇もなくあたらしい、完全に新しい春が堰を切ったように押し寄せ、いつの間にか、夏のすぐ側までわたしを流し去ってしまっていたことに気づかされたのは、久方ぶりに海を見に行った日のことだ。

新しい世界、新しい友人や師、新しい知に触れることはいつだってよろこびを伴うが唇も舌もうまく回らないような言葉に埋もれているうちに呼吸の仕方もなんだかよくわからなくなってしまい、儘ならさがくすぐったくなってわらいたいような、泣きたいような、しかしながら幸福に充たされた日々を送っている。

微睡みを帯びたひとびとの肩と肩の間から真っ直ぐに射しこむ朝の光や職場のブラインドから漏れる日差しの柔らかさに思わず目を細めてしまうこと、両親や友人と共にあたたかな食事をとる時間のこと、しんと黙っていることが苦手でどこまでも駆けていきたくなってしまう感情のこと、波飛沫の打ち寄せる遠い岬にいつだって焦がれていることでさえ、こうしている間にもどんどんと忘れてしまいそうになるが、覚えていられるといい。

大切なひとや物事のひとつひとつに、その気持ちを伝えることのできる年になりますように。